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| 昭和02年 |
お菓子問屋(丹陽堂)の老舗継承。(大阪市東区北新町) |
| 昭和05年 |
栗おこし製造開始。 |
| 昭和19年 |
戦争のため、休業を余儀なくされ休業に入る。 |
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株式会社丹陽堂を創立し再開する。 |
| 昭和23年 |
大阪市北区扇町に社屋を移転。 |
| 昭和25年 |
株式会社丹陽堂を改め株式会社戎大黒本舗に社名変更する。 |
| 昭和39年 |
新幹線開業と同時に取引先の要請により蒸し菓子(ういろう)の製造ライン設置 |
| 昭和47年 |
本社新社屋新築。(鉄筋4階立て)貸しビル業併設 |
| 昭和51年 |
生菓子商名の本格参入 |
| 昭和55年 |
粟おこしの新商品開発に成功。手焼きおこし浪花菓風を販売。
現在、手焼きおこし大阪菓風として展開中。 |
| 昭和59年 |
本社工場を新建築3階立て。全日本菓子博覧会にて名誉総裁賞受賞。 |
| 昭和61年 |
本社工場を増改築。社屋設備など3期に至り計画完了。 |
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大阪名物 粟おこしの由来
今から1,100年あまり前に菅原道真公が大宰府に御左遷された時、難波津(大阪)に立ち寄り砌公に長年仕えた媼(おうな)が旅情を慰めるため粟や干飯を飴で固めて菅公に捧げたところ、菅公は珍味に大変お喜びになり、これを広く世の中に伝よと梅鉢のご紋のついた小袖をお礼として渡されて以来、おこしに梅鉢の紋を付して難波の名物として今日に至ったと伝えられています。 |
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